COLUMN




帝国ホテルのカレーライス
渓流に若鮎のおどる候、皆様いかがお過ごしでしょうか?

田植え前のこの季節、田んぼでどろんこ遊びをよくしていたものであります。

小学1年生まで、福岡県瀬高町というところで幼少期を過ごした自分は、
田んぼで、バケツいっぱいのカエルの卵を捕まえては、家に持ち帰り、
よく母親に叱られたものです。

今日では、集客イベント的な感じで、全国各地で『どろんこ祭り』が
行われているそうです。

群馬県高崎市『吉井どろんこ祭り2016』
本日、チビ二人連れて、車で関越道を走らせ行って参りました。

どろんこ遊びなどやった事がない都会気取りの長男坊は、泥遊びと聞いて
はじめ、行きたそうではありませんでした。
泥の温もりを感じて、自然に触れ合ってほしいという親の願いとはうらはらに。

だだをこねるチビ二人を、パワハラに連れて行ってやりました。
ワイルドだろ〜う!

ドジョウすくいや、うなぎのつかみ取りも行われるそうで、
なんとかそれを餌に、納得させてやりました。

朝方、5時に起きておにぎりを握って、卵焼きを作って、チビどもを叩き起こしましたが、
今朝は、あいにくの雨。
最悪だろ〜う!

今年五歳になる長男坊が、自分に言いました。
『神様のいたずらだよ!』

そんな子供の成長を喜んでいるのも束の間。

一時間程、車を走らせたところで、雨もあがり、
晴れ間も見えて来たではありませんか。

どろんこ遊びなんて、自分も数十年ぶりでありまして、テンションは
うなぎ上りです。
うまいだろ〜う!

到着すると、たくさんの家族連れで賑わっておりました。

2003年から開催せれているこのイベントは、吉本の芸人さんや市長さんも
出席せれていて、かなりの盛り上がりでありました。

楽しみにしていた、うなぎのつかみ取りは結局、一匹も捕まえる事が
出来ませんでしたが、チビ達は泥の中をかけずり回って、満面の阿呆面を
しておりました。

お昼になると、このお祭りの名物!『どろんこ丼』

豚バラほうれん草のあんかけ丼を食べようと思い、列に並んでいると、
ままままさかの、売り切れとなってしまい、
カレーライスに変更となってしまいました。

しかし、とんでもない出来事がぁぁあ!



これって、レトルトだろ〜う!!!



まぁしかし、体を動かした後に、大自然の中で家族と口にする食事は
格別なものがあります。
帝国ホテルのカレーライスより、おいしく感じました。

帝国ホテルのカレーライス、食べた事ありませんが、自分。。。


まぁ〜、そんなこんなで、久しぶりに家族サービスが出来たわけでありまして。


イベント会場の近くでお風呂に入り、風呂上がりにビールで乾杯と
行きたいところを、運転があるのでスプライトで必死に我慢したとです。


帰り道、花園ICの手前で交通事故渋滞10Km。。。

4時間。。。嫁さんzuzuzuzuzu~~~。


渋滞にハマっているいる時、思いました。

いつか必ずチビ達に、帝国ホテルのカレーライスを
食べさせてあげたいな〜って。


頑張ります!


今週の大塩コラム。
下ネタが一つもなくて、
大変、申し訳ありません。

次回は、まじめに下ネタも織り交ぜて、書き上げたいと思いますので、
どうぞ、宜しくお願い致します。
Date: 2016/06/06(月)


いろいろないろ
東京都内、某日の昼間。
集団でチャリを漕ぐ集団を発見。


1、2、3、4・・・複数いる。


彼らは小中高生ではない、
一般的にいう、
そこそこいい歳のおじさん達である。

しかしその集団の車体は、
黒、赤、黄色、緑、青に、シルバーと、様々な色をまとい、その連なりは色鮮やかで美しい。
僕はその光景に思わずうっとりしてしまったのであった。



皆さん、こんばんは!
最近後輩が出来ました、36歳山田です。



上記の謎の集団、
これは今のメンソウルです。
たまに坂道を立ち漕ぎしたりもしています。
決して頻繁ではありませんが、
天気が良い日に、運がいいとたまにこの光景を見れたりします。


素敵ですね〜。


え?


こんな事を書くとまた座長に怒られるんじゃないかって?


その通り!


「こんな夢の無ねぇ事を書くんじゃねぇよ」と、おそらくこっぴどく怒られるでしょう。


分かっております。


でもいいんです!
夢もなければ、オチもない。


しかし、今回このネタを書いたのは
「色」をテーマに書きたかったからであります。

(※ちょっと長いですが、どうかお付き合いの程よろしくお願い致します)





僕は苛立っていた。
ストレスを抱えていた。


とあるランチタイム。
ここはとても広いスペースで、東京ドーム・・東京ドーム1/8、いや1/12・・20分の・・・
とにかく広いのであった。
そして昼のピークタイムになると人でごった返す。
知らない人と隣同士、下手をすると相席になることもある程の混雑具合だ。


そんな状況の中、
自分の隣に2名の女性が腰をかける。
よく見ると一人の女性はなかなかの美系であった。


そんな二人が早々にトークを開始する。
ガールズトークと言いますか、いわゆる色恋話のようでしたが・・

これから記すその会話内容は、この状況の中で話すには結構なぶっちゃけトークであった。

詳しく書いてしまうと何かと問題ありそうなので、平たく言ってしまうとこんな感じだ。



【登場人物】
・A夫 (男性。決してイケメンタイプではないが話が上手い。自信家)
・M子 (推定20代後半の美系。性格はキツそうだが顔は◎)
・友達(推定20代の女性。M子の相談の聞き役)



M子は言う。
最近職場の先輩のA夫と仕事終わりにお茶に行った。
当初大した悩みではなかったが、A夫さんから『相談があるなら聞くよ』と半ば強引気味な誘いを受け、とっさに断る理由も見つからなかった為一緒に行く事に。

元々大した悩みもなかった為、すぐにたわいもない話題となる。
話が上手なA夫との会話は弾み、楽しい時間が過ぎる。
終盤になり、次第にぶっちゃけトークに移行。
自分の恋愛歴や考え方、もしかしたら性癖の話も展開されたのかもしれない。


そして話が最も盛り上がってきたところで、
遂にA夫が仕掛ける!


自分には彼女やその他遊び女友達が数名いる事を明かした上で、
「自分はM子の事をずっといいなと思っていた。俺をその気にさせてどうしてくれるんだ」と。


・・勝手な言いがかりである。


M子は続ける。
結局その日はお茶で終わったが、A夫から「後日飲みにいかない?」との誘いを受けた。
飲みは流石にアレだが、食事なら一緒に行っていいかも・・と友達に打ち明ける。


・・悩んでいるようだ。


そしてM子は友達に質問を投げかける。
「男の人がこうやって食事に誘ってくる時って、どんな感じなのかな?隙あれば・・って思ってるのかな?どう思う?」
悩む友達。


僕はウズウズしていた。
「隙あれば間違いなくヤル気ですよ!気をつけてー!!」


もう言いたくて言いたくてもどかしかった。
でも面識はない。いきなり話に参戦したら僕は明らかにおかしな奴だ・・。
だから口を閉ざし、引き継ぎ耳を傾ける事に徹した。


ここまでの話を整理すると、
。蘇廚論菁
■蘇廚砲枠狃や遊び女友達がいる
A夫はそれを明かした上で、M子を誘惑
で困爍融辧


M子にとって明らかに分が悪いようだ。
僕は想像した。
A夫に遊ばれ、捨てられ、傷つき、泣き濡れるM子の行く末が・・。


娘を持つ親の一人としては、胸が痛む。
もしこれが自分の娘の事であれば黙ってはいられない!
次第に苛立ってきた。
僕はこの場を立ち去るべきか、或いは、勇気を出し変な奴だと思われるのを覚悟で助言するべきか・・


悩みに悩んでいた最中、
遂に話が動く!


それは友達の質問からであった!


友達「そういえば○○君とはどうなったの?」
M子「たまに遊ぶよ」
山田「(遊ぶ?)」
友達「そうなの?あの彼氏は?まだ続いてるの?」
M子「続いてるよ」
山田「(彼氏??)」
友達「どうするの?」
M子「どうしようねぇ・・」


お前もしっかり遊んどるんかーいっ!!


僅かな時間だったかもしれない。
聞き耳を立て、勝手に感情移入していたのも事実。
しかし、
M子を気遣い、心配したこの気持ちはどうしてくれるんじゃい!

M子よ、自由にすれば良い。
人生は一度。
色々あって、経験して、高揚したり、たまに傷ついたり・・それが人生だと思います。

でもね、
これだけは言わせて下さい。


「こんな周りにたくさん人がいる状況で無防備に色々ぶっちゃけ過ぎです!危険ですよ!以後気をつけて!!」


相談・・いや、ただの自慢話に付き合わされた友達に同情しつつ、僕はその場を後にするのでありました。
M子さん、文句も言わず聞いてくれる友達は是非大切にして下さい。



以上、色々なイロ・・というお話でした。




最後に、
僕は最近台本を書き始めました。


実は今年の12月、満を持して自分で初めて企画し、舞台を打つ事を決定!
台本を書くのなんて大学生以来。自信は全くありませんが、
燃えております!


新人も入り、新たなカラーを得て、より活気が出てきた我らがメンソウル!
座長には「お前退団するんか?」と言われましたが、

そんな事はありません!!

新しい挑戦の時を今と定め、決意したのであります。
まだ劇場と日にちしか決まっておりませんが、
公演が形になってきた際に是非この場でも公表させて頂きたいと思っております。


まずは・・おっとっ!!
これ以上はまた次の機会に(笑)

きっと近い内に色々報告出来る事があるようですよ。
乞うご期待下さい!



それではそれでは、それでは〜☆
Date: 2016/05/30(月)


新人紹介 清田悠聖初コラム
皆さん初めまして、劇団男魂に新たに入団させて頂きました清田悠聖(きよた ゆうせい)です。
自己紹介をさせて頂きます。



福岡県福岡市出身の25歳血液型はA型、誕生日はゴルフと浮気の上手なタイガーウッズと同じです。こうみえて九州男児です。
特技は殺陣で、江戸村で忍者してたり旅芝居をしたりしておりました。



18歳の頃に「ハリウッドスターになるっぺよージョニーデップになるっぺよー」っと意気込み上京してきました。
それから、なぜかADしたり、チャリで高円寺から福岡に行ったり、アメリカバックパックしてみたりと何やかんやらやっておりました。



僕はこの劇団に出逢うまでは舞台には興味がありませんでした。舞台が面白いと思う事はめったになく、出たいと思う事は無かったです。
いや、出たい気持ちはあったのかもですが映像と全然違うし僕には出来ないだろうと思ってました。
色々な事があり少し芝居から逃げていたのかも知れません。そんな中去年の12月頃にたまたま劇団男魂作品「but and」のDVDを拝見する機会がありました。


それをみて僕は死にました。


死にましたという表現に変わる僕の中でのぴんとくる表現がなかったので、このような表現ですみません。
このような芝居ができるようになりたい、このような衝撃を人に与える作品に関わりたいと強く思い、作品を見終わったときには入団する事が僕の中では決まっていました。(ちなみにその頃は団員の誰とも会ったことも無かったです)
映像だろうが舞台だろうが、舞台の映像だろうがいい物はいいのだという事に気付かされました。
面白すぎて色々と感じ過ぎて何度も何度も巻き戻し繰り返し見ました。
団長の演じる死刑囚役の体内の奥の方からゲロが出るように溢れ出すような感情の乗り切った言葉、表現。
これが本物の芝居なのか、こんな人間がいるのかと思いました。
3日間くらい僕は放心状態気味で死刑囚の台詞「なんでやろ」っと真似してました。



んで、縁あって男魂メンバーと飲む機会がありまして。
団長のコラムにもあったのですが副座長の坪内さんと同じ小学校、中学校というびっくりな展開になり即行入団させて頂きました。
入団させて頂き心から感謝しております。


そんな訳で、私清田悠聖は、劇団男魂のメンバーに加わらさせてもらいました。



最近の朗読の稽古では団長より「お前が天才でないことがわかった」とのお言葉を頂きました。
そんな僕ですが、この劇団と共に成長し、飛躍していければと思います。精一杯劇団の役に立てるように精進しますので、どうぞよろしくお願いいたします。



あと、冒頭にほんとは絶対面白いだろうと思い、下記の文を入れたかったのです。しかし、訂正し読み返してるうちに恥ずかしくなってしまい、最後に恐る恐る載っけさせて頂きます。




僕昔から思ってたのですが、「鼻噛みたい」と「裸見たい」の響きってすごく似てると思います。鼻が詰まってて呼吸が苦しくて、口を開けたまま「鼻噛みたい」と言うと「裸見たい」に聞こえます。
男女問わず誰かの裸を見たいが、直接は伝えられない時にさりげなく試してみてください。裸体が拝めるかもしれませんよ。

。。。




2016年5月 劇団男魂 清田悠聖

Twitter:@yusei_kiyota

Date: 2016/05/23(月)


新人紹介二人目 横山貴之初コラム
先日、杉本さんからご紹介にあずかりました
横山貴之と申します。

この度、奇跡的に劇団男魂に所属致しました。

皆さんから横Pの愛称で親しまれています。
…自分で言うのもあれですが。

以前はホストをやっていました。もう10年近く前になりますが。
その頃から勘違い野郎が加速していったと思います。
この話はまた後日、お話したいと思います。

さて、今回は僕の経歴と男魂に所属した経緯を書いていきたいと思います。

経歴と言いましても、役者としてもまだまだ新人な者で無いと言えば無いのですが、
僕は最初、俳優養成所で演技の勉強をしていました。
即興で演技をしたり、メソッドを学んでいました。
養成所の代表からは稀に見る演技の下手さだと苦笑されたものです。

ある日、先輩から男魂の舞台を観に行かないか?と誘われました。僕は当時、杉本さんの事は知っていましたが話をしたことはありませんでした。
勿論、男魂の舞台も観たことがありませんでした。初めて観たのが、

「日雇いGOD」

衝撃を受けてしまいました。

皆が観ている舞台でですよ、普通にチ〇ポって連呼してるんですよ。

僕は引くどころか惹かれていきました。
こんなに面白い自由な男らしい舞台があったとは…
自分の世界の小ささを知った1日でした。

余韻を残したまま数日が過ぎたある日、なんと杉本さんとご一緒する機会がありました。

「杉本さん。舞台観ました。あのースゴイ面白かったです。むしろファンです」

言ってしまいました。

杉本さんは目だけ笑ってない笑顔で、
「むしろファンですってなんだよ!」ってツっこまれましたが、その後、色々、面白い話をしてくれました。
ワークショップも誘っていただきその日の昼飯を奢ってくれたとかくれなかったとか。

その後もバカデカ2では杉本さんの代役として名だたる俳優さん達と一緒にやらさせて頂いたり、ダンコントに出演させて頂いたり、本当に感謝していました。

そんなある日、2月中旬の寒い日にある焼肉屋でタンクトップになり泣きながら
「メンソウルに入りたいです」
と杉本さんを含めた劇団員の方々に頭を下げて何とか劇団員になれた次第でございます。

馴れないコラムでバカなのがばれてしまいそうですがこれからも新人3人を含め劇団男魂を宜しくお願い致します。
Date: 2016/05/16(月)


新人一人目 新晟聡初コラム
はじめまして。
先日座長よりご紹介与かりました


新晟聡(しんじょうさとる)と申します。


この度、劇団男魂に正式に所属することになりましたので、
自己紹介を兼ねて、経歴、そして劇団に入った経緯を簡単に
ご紹介いたします。

まずこの”晟”という字、地元である神奈川県秦野市在住の
姓名判断に詳しい先生に、本名の聡(さとる)と相性が
良いということでつけていただきました。
珍しい字で変換できないという苦情を多数いただいているので
読みを載せておきます。

”じょう”の他に(せい、あきら、てる、まさ)
などの読み方ができるそうです。


次に経歴ですが、座長から話しが会ったように大学卒業後に
IT系の会社に3年ほど勤めました。
仕事に余裕が出来てから、土日を使って趣味で剣殺陣を習い始め、
そこから役者の道に進みました。

よく周りから勇気あるねと、言ってもらえるんですが、
厳しい道に飛び込んだという感覚はあまりなく、
おそらく会社員の頃のほうが人として荒んでいまして、
当時は友人から死んだ魚の目をしてると冗談まじりで
言われるほどでした。

しかし芝居と出会い生き甲斐と言いますか、
活力が湧いてきまして、やっと人間らしくなれたというか、
むしろ救ってもらった感じがありました。
だからすんなりいばらの道と言われるこの世界に
飛び込んでこれたのだと思います。


初めは殺陣やアクションを約3年ほど習い、
その後はどこにも所属せず、フリーでの活動を行ってきました。
アングラやコメディ舞台、自主映画チームを結成し映画を作ったりと、
役者として今の自分に何が必要か模索しながら様々な活動を
続けてきました。

そんななか先輩の役者さんに連れられ、観に行ったメンソウルの


 第十二公演「バカ刑事」


を観たのがメンソウルとの初対面でした。

この作品はとにかく

普通に笑えて
普通泣けて
見た後もしばらく作品のことを思い出す

そんな印象でした。

他の舞台観劇では味わったことのない感覚でした。

でもその時はなぜ舞台というつくりものをこれだけ自然に観られるのか、
具体的な表現が見出せずにいました。

その後、自分なりに舞台経験を積み、様々な舞台を観劇し、次に観た


 第十五回公演「but and」


を観て、えらく感動し、
この作品に費やした情熱や労力は並大抵のものじゃなく、
簡単に真似できるものじゃないと気付くことができました。

「この人たちと共に芝居がしたい、近づきたい」と思うようになり、


 第十六回公演の「口無し バカデカ2」


でスタッフとして参加し、去年の「ダンコント3」に出演させてもらい、
この度正式に劇団男魂に所属することになりました。

これから劇団員として磨きをかけ、
自分にしかない色を出せていけたらと思っています。


新人3名が新たに追加された劇団男魂、
今後の活動にどうぞご注目ください。
Date: 2016/05/09(月)


重大発表
えー全国8〜9人のメンソウルファンの皆さま、そして全国2〜3人の杉本ファンの皆様。
ご無沙汰しておりました。
年明けの「ゆく年くる年」コラム以来、久々に登場の杉本でございます。

巷では入院説、逃亡説、死亡説等、様々な憶測が流れたとの噂は全く立ってないようですが、杉本は至って元気です。

何故、コラムに登場しなかったかと言いますと、忙しかったとでも言ったらいいのでしょうか…。

忙しいとは言ってもお酒だって飲んでますし、煙草だって吸います。犬の散歩に行くこともあれば、インターネットでHなサイトにいくことも…。
おっと、大塩コラムみたいになってきたので、このへんで止めますが、思い返すと忙しかったというのは言い訳にしかなりません。

ま、単純に言いますと、脚本を三本くらい抱えていたという状況でありまして、
「脚本もかけてないくせにコラムは更新しよる」
と依頼元から思われるのが気まずく思い、コラム更新に何となく気が引けたからからでございます。

…あー、俺って正直だなぁ。

で、未だもって書けてない脚本もあったりしまして、もうどうでも良くなってきた次第でございます。

…あー、スッキリした。

と気持ちが晴れやかになったところで、劇団メンソウルからの重大発表!



ドコドコドコドコドコドコドコ〜ジャーン!(ドラムロール)




新メンバー入りました〜!ジャーン!


しかも三人も〜!ジャカジャカジャーン!


という訳で、劇団メンソウルに三人の新人が入った訳でございます。
新人とは言っても二十代は一人しかおらず、ま、はっきり言って、未だ定職をもたないニート的オッサンを三人も抱え込んだしまった、いや、増えてしまったというのが実情かもしれません。
が、本人たちはエラクやる気を出しており、日々稽古に、劇団事に精を出しているので、今後、何かとご贔屓をして頂ければと思います。

で、ホームページの劇団員紹介に写真、経歴等は載っていますが、自分から軽くご紹介を。


一人目は「新晟聡」(シンジョウサトル)と言います。

賢明な男魂ファンの方はお気付きかと思いますが、そう、ダンコントに出演しておりました。中野新橋総合商社の社員野郎です。
年齢は多分、三十過ぎ。
劇団員の中で唯一のサラリーマン経験者でございます。
一見、物静かなジェントルマンに見えますが、たまに弾け倒します。
アツイです。声がいいです。立ち回りが出来ます。
二・五枚目風の三枚目と言いますか、見てると何か面白いです。
今後、劇団でも重要なポジションについていくと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


二人目「横山貴之」(ヨコヤマタカユキ)です。

賢明な男魂ファンの方でもお気付きにならないかもしれませんが、
…そうなんです。ダンコントに出演しておりました。
剛州さん、山田との三人で少年隊を踊ったチビチビコンビの一人。
杉本のカスタネット&タンバリンの奥で椅子やら机の転換をしておった男。
あの顔でホスト経験者でありまして源氏名「菊次郎」
…笑かしに行ってるとしか思えません。
歌が下手です。
年齢不詳ですが、意外に若い三十前後。
劇団内では山田ラインに間違いなし。
独身の一人暮らし。
中野新橋のスナック行って、終電逃した際はどうぞ泊まって下さい。
褒められたルックスでないのは見ての通りですが、味があるのは間違いないので、その味を、もっと美味しく伸ばせるよう劇団で適当に育てていこうと思ってます。


そして三人目「清田悠聖」(キヨタユウセイ)です。

もう名前がカッコイイです。
二十代。
シュとしてます。
透明感あり、スタイル良し。
仲田、大塩なんかはこいつで何か商売出来ないかと企んでます。
とある女優さんから推薦を受けて会ったのですが、
初めて会った居酒屋の席で、何と坪内の小・中学校の後輩と言うのが判明しまして、
「マ、マジか!お、お前、後輩か!は、入れ!今すぐに!早くー!杉本さんヨカですよね!」
と郷土愛の強い坪内ちゃんの推しもあって、歴史上珍しい即入団となりました。
可愛い顔して、中々の根性もん。またイジリやすい性格。
才能あると思うので、いずれうちでも主役を張る時期が来るでしょう。

という三人でございます。

これから劇団員一同、気持ち新たに頑張っていきますので、今後ともお引き立てのほどよろしくお願い致します!




追伸
オゲレツコラムで名を馳せた森石晃司くんは退団しました。
残念ではありますが、人生に於いての人の決めた事には口出し出来ない、と思っております。
…森石君、頑張って下さいよ!
Date: 2016/05/03(火)


ナンクルなるさん☆
父方の従兄弟に、Tという2こ上の兄ちゃんがいる。

Tは、小学生の時から身体が大きく、中学生の頃には、身長・体重ともに、普通の大人以上、というか、当時の自分の印象だと、「象」のような兄ちゃんで、幼少期から中学生くらいまでは、会うと兄弟同然に遊び過ごした。

Tの進学・就職などで、顔を合わす機会も減り、自分も高校を出てからは、故郷を後にした為、めっきり会わなくなった。

それが3年程前か、おもむろにメンソウルの舞台公演を、内緒で、且つ、奥さんと観劇してくれて、約20年振りの再会を果たした。

それからは、公演の度に、ご夫婦や娘さんを伴って観劇してくれて、時折、当時は出来なかった、酒を酌み交わして親交を温めていた…。


2か月程前、そのTの奥さんから、Tが脳梗塞で倒れ入院している、と連絡を受けた。

何でも、倒れたのは、その二週間ほど前で、最近、ICUから一般病棟に移った、と。

再婚で継父ではあるが、一男一女の子を持つ父として家族を支える為、朝は建設業に従事しながら、夜は掛け持ちで、別の職種に勤めていた従兄弟のT。

早朝、出勤の為、靴を履こうとしゃがんでいる時、倒れ落ちたそうだ。

幸い、一命は取り留めたものの、左半身付随という後遺症が残った。

連絡を受けて数日後、やっと面会時間に間に合い、お見舞いすることができた。

数ヶ月振りに会ったTは、一回り小さく見えた。

脳の手術を終えて日も浅かったからか、それとも後遺症の為か、滑舌も悪く、話を理解するのに時間がかかったが、さすが、奥さんの助けを借りて会話する。

沖縄に帰りたい…沖縄なら治る…。と、目を潤ませた時は、無性に切なくった…。

今後は、リハビリ専門の病院に転院し、1日約3時間あまりのリハビリに努め、快復を目指すとのことだった。


それからは、10日に1回の割合で、顔を出しているが、リハビリのおかげでか、嬉しいことに会う毎に、少しずつだが、状態も良く、気持ちも上向いている様な気がする。

これも持ち前の負けん気と、辛抱強く、献身的に看護している奥さんのお力添えがあるからだろう。


4/14、熊本県を中心に九州地方を襲った熊本地震。

これにより、甚大な被害と多くの被災者を生み、まだ行方不明の方もいる。

そして、いまだに余震が続き、不安な日々を過ごしている…。


東北地方の方も、従兄弟のTも然りで、以前のような日常生活を送るには、まだまだ時間がかかるだろうけど、どうか、根気強く、前を向いて、諦めず、生き抜いて欲しいです。

がんばれ!ガンバレ‼頑張れ‼

最後に、今回の地震でお亡くなりなった方々のご冥福をお祈りすると共に、被災された方々に、1日、一刻でも早く、心の平穏が戻ることを願っております。

そして、いつかきっと、僕らが出来ることを…。

微力ながらも、出来ることを…という話。
Date: 2016/04/26(火)


くまもと
みなさん、こんばんは。

自分は、小学校5年生から高校を卒業するまでの8年間、熊本市内で過ごしました。

熊本名物と言えば、からしれんこん、馬刺、陣太鼓。
名将、加藤清正が築いた熊本城。
水がきれいで、湧き水も豊富である。

毎年夏になると、江津湖公園でよく水遊びをしていた。

熊本市内一番の繁華街、『上通』に『下通』。
まぁ、商店街なのですが、そこにはデパートもあって、飲み屋さんもあって、洋服屋さんもあって、商店街の中に渋谷や新宿といった街を詰め込んだ感じです。
学校帰りに、よくわけもなく友達とブラブラしておりました。

自分の高校時代のほとんどは、『上通』『下通』で過ごしていたかもしれません。


熊本空港の近くに、東バイパス(国道57号)道路がありまして。
週末になると、そこには若者が集まるのであります。

自慢の愛車で乗り付けて、東バイパスを上って行ったり、
下って行ったりして、お姉ちゃん二人組の車をみつけては、真横にピッタリ
くっ付けて、
『どっから、来たと〜!?』
なんつって、声をかけて車を脇にとめさせるわけです。

うまくいくと、こっちの助手席とあっちの助手席の人が乗り換えて
カップル成立!
もう、20年前のお話ですが。

自分の青春時代は、熊本で過ごしました。
自分の親友や友達のほとんどは、今も熊本で暮らししています。
自分は熊本が大好きです。


今回の地震で家が倒壊したり、今現在、避難所生活を余儀なくされいる友達が
沢山います。


こんなとき、自分の無力をつくづく感じます。


この地震で命を亡くされた方もいます。
心よりご冥福をお祈りします。

改めて、あたりまえの生活を送れている事に、感謝を忘れずに。


これから、被害が拡大しません様に。
皆の無事と安全を、心から祈ります。

Date: 2016/04/18(月)


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