COLUMN




ナンクルなるさん☆
1月某日。時折、小雪舞い散る寒空の下、自分は家族を伴い、待っていた。

もうかれこれ1時間も…。


自分はせっかちな方だ。

幼少の頃、父親と外出する際、いつも急かされていた。
並んで歩くことも無く、ズンズン、せかせか、サクサク歩く父親の背中を見ながら、何故こんなに急ぐのだろう?と思いながら、せっせと付いて歩いた記憶がある。

自分も親となり、家族で外出する際、支度の遅い子供達へ小言を言いながら、今の口調、父ちゃんと似ているなぁ…と、思うことがしばしばあり、その都度、血は争えないのだなぁと思う。


なので外食する際、せっかちな自分は基本、並んでまでは食べない。

自分一人なら尚更のことで、待っている時間がもったいないと思ってしまうし、

別にそこまでせんでもいいか。と思うし、そこまで待ったら、美味しく感じて当たり前だし…とも。

遊園地等に行き、数時間待ちの長蛇の列に並ばざる得なくても、待ったからには、楽しんだろ!という意識になる。

貧乏性なんだろうか。

それとも、純粋にそのものを味わったり楽しめなくなるのが嫌なんだろうか。

まぁ、どっちもあって、結局ただのメンドくさがり屋なだけなんだろうが…。


例年なら、この時期の混雑を避けて、1人早朝にこの「穴八幡宮」に金運のお札を求めて訪れていたのだが、今年は根拠無く、まぁなんとなくクリスタルキング大丈夫だろう、と高を括って家族連れで昼過ぎに訪れたらば、甘かった。

到着した時点で既に、2時間待ちを告げられ、しぶしぶと幾重にも重なりクランクした長蛇の列の最後尾に並んだ。

それはまるで、体内の腸を旅して放出されたウ●チのように思えた…。

と、文士気取りで表現してみたが、とにかく予想を超えた人の多さに、自分を棚に上げて、皆んなヒマ人か!ヒマ・ヒマ・肥満児か‼とついつい毒づいてしまう。

ファーストフードやコンビニでさえ、待たされるのを嫌う自分が、こんなに待つのは、息子達の幼稚園の運動会の場所取りや、人気品薄のクリスマスプレゼントを求めて徹夜した以来か。

いや、こないだ、スシローがあるな。

思えば、せっかちの割には辛抱強く、よく待っている。

役者は待つのも仕事のうち。とよく言われる。

おかげ?で、いつまで待たすのん⁉というくらい待っているのだから、そりゃぁ辛抱強くもなりまさぁ。

待つのは役者業だけでお腹いっぱいなのだが、待ったなりのメリットもある。

ウィスキーやワインで価値が変わってくる、狃論瓩それだ。

何だかんだでアタクシ20年モノ。

そして、どうせ「待つ」のが付き物なら、待ち望まれたい、と思う。

…と、ここまで書いてやっと、待望の順番が来た。

今年、もし音信不通になったら、宝クジで高額当選したなアイツ…。と思ってください。

一等を待ちながら…という話。
Date: 2018/01/31(水)


大塩ゴウです!
寒中見舞い申し上げます。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

新年一発目のコラムをまずは、Wordで書き上げて、それをコピーしようとしましたら、shift+cを押してしまい、全部消え、一から書き直している
次第であります。

今年、厄年の大塩ゴウです。
どうぞ宜しくお願い致します。

え〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと。

去年の暮れにですね、横山貴之君のコラムにわたくし登場させて頂きました。
ありがたいことであります。

しかしまぁ、『剛さん』と記されていた訳なんですけども。。。

わたくし『ゴウ』です。
皆様、どうぞ宜しくお願い致します。

去年は本厄でしたので、致し方ありません。


2018年、わたくし読書をはじめました。
四十を超えたいい大人が、こっぱずかしくもありますが、
読み始めたその本のタイトルは

『成功哲学』

どうもすみません。
性交、いやっ、成功したいんです、わたし。

まだ読み始めたばかりなものでして、感想等はまだでありますが。


そもそも成功するってなんだろうって、考えるわけです。

一般的には、目標を掲げてそれを成し遂げる事、達成する事なんでしょうが。

それぐらいは、学の無い自分でもわかります。

ついでに申し上げますと、自分、哲学的な考え等持ち合わせてはおりませんので、
これから先、うっす〜い内容になってしまいますが、あしからず。

もっと言えば、『あしからず』の『ず』が、『す』に点々なのか『つ』に点々
なのか、携帯で今検索した次第であります。

おまけに言えば、点々も
漢字で書くのかカタカナで書くのか、とってもとっても不安で仕方がありません。

成功する事が幸せとなるのであれば、その目標は低く設定して、
より多くの成功を納める事が、幸せとなっていくのか?

ん〜、学の無い、無知んちん、いやっ、無知な自分には考えれば考える程、
ちんちんかんぷんになってきます。

『知らぬが仏』なんて言葉がありますが、知れば知る程腹が立つ
なんて事もあります。

例えば、可愛がる後輩が、自分の名前を間違って覚えていた、
なてな事を知らされると、これはも〜う、
はらわた煮えくり返ります。
『知らぬが仏』であります。

いやいやっ、こんなゴマみたいに小さな事で腹を立ててはいけません。
ゴマ塩になってしまうではありませんか。

もっともっと、器のでかい男になりたいものです。


メジャーリーガーのイチロー選手は言いました。

『憧れを持ちすぎて、自分の可能性を潰してしまう人は沢山います。
自分の持っている能力を活かす事が出来れば、可能性は広がるだろう。』

と。

自分は、まったく野球に興味もありませんが、素晴らしい人の
格言や名言が好きなんです。

そういえば、2018年が始まってすぐに、横山君が名言を放ちました。

『自分は、自分のやりたい芝居を続けて行くだけっす。』


彼に言いたい!

名前間違えんなや!!!



本年もどうぞ宜しくお願い致します。



大塩ゴウでした。
Date: 2018/01/22(月)


とどまらぬプルプル
新年明けましておめでとうございます!
今年も何卒よろしくお願い致します。
劇団の不協和音こと、山田です。


2018年の幕が開け、もう半月が経ちましたね。
自分は正月ボケから抜け出せず、フワフワしております。
更に寒さも重なり、なかなか布団からも抜け出せない。。
そんな毎日を送っておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?



近年、年末年始は特に何もせず実家でダラっと過ごす事が多かった僕でしたが、今回は珍しく、何かそれらしい事をしたいと思い立ち、
大晦日の深夜、急遽、嫌がる嫁・4歳の幼女の娘・母を半ば強引に連れ出し、
寒さで凍える3人には目もくれず、「除夜の鐘」を突きに向かった。


小学生の頃は家族で毎年行っていたこの恒例行事も、思春期になると共に家族と出かける事に恥ずかしさを覚え、いつの間に行かなくなっていた。


「それ以来だから、実に25年以上前の話になるのか」


山を少し登った場所にある、小さなお寺。
昔であれば、行く途中で寺に向かうたくさんの家族連れを確認できたが、今回は全く人影が見られない。
過疎化が進む我が故郷、更に久々の訪寺という事もあり、
果たして現在もやっているのか正直不安であった。


歩き出して早々、完全に眠りにつく娘。
予想よりもかなり早い段階で抱っこしながら歩くハメに。
もちろん、
自分で言い出した事だから文句は言えない。
渋々娘を担ぎながら急な山道を登る。


寺が目視できる付近まで登ってきた時、ようやく今年も行っている事を確認。
日が変わる前に無事到着。
昔ほどの賑わいはないが、大きな焚き火、配られる甘酒やお酒、そして昔と全然変わっていないお寺等、懐かしい景色が今もそこに存在していた。


自分はプルプルしていた。
娘の重みに、とめどなく腕がプルプルと。


お寺で迎えた2018年の年明け、(思ってたより小音になってしまったが)突いた鐘から発せられた音、起こそうとしても一向に起きる気のない娘、とうに限界を超えた自分の腕等々、
年明け早々にいい思い出が出来たと満足して帰ったのであった。


今も存続し続けてくれたお寺関係者の方々へのただただ感謝の気持ちと、
これからも変わらぬまま続いてくれたらと願うばかりである。
今も昔も変わらないモノって、やっぱりいいですよね。


「よし、この勢いで初日の出を海に見に行こう!」


そう意気揚々としていたものの、
目覚ましをかけ忘れたのか、ただ布団から出られなかっただけなのか、、
起きたらとうにお日様が登りきっていた事は言うまでもない。




最後に。
年始に掲げた今年の目標の内の一つを公表します。


今年は2年ぶりに自分の企画ユニットである「Sato・Pacino・Company」の公演を行いたいと思います!
今回も脚本・演出は山田が担当予定。
日時等の詳細については、決まり次第、順次SNS等で告知予定です。


今の燃えている心を一年中保ち続けられるよう、
早く正月ボケを解消し、
アクティブに、
そしてポジティブに、
娘に嫌われない程度に(笑)、
日々忙しく過ごせたら・・と。


もちろん、今年のメンソウル公演も是非楽しみにしていて下さいね!
こちらの詳細も決まり次第是非!!



それでは2018年も劇団男魂(メンソウル)を、山田諭を、そしてSato・Pacino・Companyを何卒よろしくお願い致します。

Date: 2018/01/15(月)


未来年表 新晟コラム
新年、明けましておめでとうございます。

座長に続いて新年コラム担当します、新晟聡(しんじょうさとる)です。

初めての方は名前だけでも覚えていってください。


みなさんは年末年始いかがお過ごしでしたでしょうか。

食べすぎちゃって正月太りが心配、なんて声はよくある話ですが

ぼくは元旦からインフルエンザに発症し、寝込んでいたもんで

せっかくコツコツジムで鍛えていた身体は、ガリガリガリガリ細くなり

-5kg減はいったんじゃないでしょうか。

あばらが浮き出てましたからね。

文字通り最悪のスタートです。

ただ座長から年初の厄払いだと言われ

なるほど、と前向きな気持ちになれました。

心機一転、2018年も新たな気持ちで挑んでいきたいと思います。



さてここからが本題

タイトルの未来年表の話

先日、部屋の掃除をしていたらぼろぼろのノートが出てきた

表紙に「目標達成への道」とある

あー、こんなん書いたっけと懐かしながら開いてみる

「2010/06/16」とあるので書いたのはこの日か

「2011年 基礎を身につけ…」どーのこーの
「2012年 様々な舞台に立ち…」どーのこーの

といった感じに書いてある

バッチリ合ってるとまではいわないが

なにか流れのようなものは大抵その通りになってるぞ

そして「2015年新たな出会いがあり、仕事の幅が広がる」とある

おー、これはちょうどメンソウルの方々と知り合い始め

ダンコントに出してもらったのがちょうどこの年だ

そしてことあるごとに書いてあるのが

「まだ調子に乗ってはいけない」
「決して天狗になってはいけない」
「初心を忘れず」

ははっ

おそらくこれを書いた時期が、口だけは達者で、こっぴどく演出家にしごかれ

実力がないことを痛感させられたのが2010年のこの時期だ

反省して天狗にならないよう言い聞かせていたのだろう

そして「2017年 結婚…」

ぷふー。予定すらない。これは完全に外れている

この年表は2017年で止まっている

おそらく役者年数がちょうど10年の節目だからだろう

11年目を迎える2018年

新たな未来年表を書き始めてみようと思う



あっと、ちなみに写真は10年前に撮ったパスポート写真です。

先輩たちから犯罪者顔といじられるのもこれを見れば納得できる。

2018年も劇団メンソウルならびに新晟聡を宜しくお願いします。

Date: 2018/01/08(月)


謹賀新年2018
全国7〜8人の劇団メンソウルファンの皆様、あけましておめでとうございます!
昨年中は大変お世話になり、応援もありがとうございました!

恒例の新年一発目の座長コラム。
思いつくまま書きたいと思います。

さて今年は戌年であります。
賢明な全国3〜4人の杉本ファンの方はご存知かと思いますが、そう。私、犬が大好きなのであります。
今年は犬に因んだ物が世の中に溢れ、自然と杉本の笑みが増えること間違いないでしょう。
電車の中でニヤニヤしている杉本がいたら、きっと犬の動画を見ているか、本気で頭がおかしくなったかのどちらかなんで、どうかそっとしておいて下さい。

そして賢明な全国3〜4人の杉本ファンの方でもコアな杉本ファンの2〜3人の方はご存知かと思いますが、我が家には「さくら」という、柴犬みたいな雑種のメス(処女)のワンコロがいる。

とある事情で虐待されていたのを保護され、人間嫌い。
特に男性に関しては、自分以外はほぼ完全無愛想。
しかしとても頭のいい童顔の犬で、親バカではあるが半端ねぇくらい可愛い。

どのくらい頭がいいかというと、おて、おかわり、ふせ等の基本的な動作はもちろん、バック(後退)、ゴロン(転がる)、ジャンプ(ジャンプして抱っこされる)、チョンチョン(チョンチョンとジャンプする)、家来(自分に抱っこされに来て腹をつき出す)、パンツ(風呂上がりにパンツを持って来る)等、杉本オリジナルの芸も沢山やりこなす。

そして劇団員の中で山田だけは認めていない。
さくらの犬生の中で唯一、マジで噛みつこうとした人物が山田。
山田曰く「ボブは、ドブダ、イドゥでぼ、でだづげどぅ」(僕はどんな犬でも手なずける)
ということだったのだが、触ろうとした瞬間、さくらは見事に牙をむいた。
「あだぉ、ぶっぶでぃでぃだー」(あービックリしたぁ)と言う山田と共に、劇団員が大爆笑したのは言うまでもない。

それからのさくらは山田のことを完全に敵とみなし、劇団員全員がうちに来た際にも山田にだけ唸り声をあげるようになったのである。
空気が読める賢い犬だと大塩から褒められるのは言うまでない。

そんなさくらも、もう九才。
うーん。書きながら思ったのだが、えー!もう九才!???
小学一年生が中学卒業までの期間?
えー??
ちゅうか、さくらが来た時やってた芝居、覚えてますが…、あれから、9年?
…年を取ると本当に月日が経つのが早い。
というか怖い。その間、何本の芝居に携わってきたのか…。

話は変わるが、芝居っていうものは家作りと似ているところがあると思っている。
脚本という設計図を、色んな素材を持つ役者が、演出という現場監督によって作られる。
そこには色んな職人(スタッフ)さんがいて…。
一般的に高い予算の家(舞台)はそれなりの人と時間がかかり、しかし予算の割には、詐欺とも言えるしょぼい家もあり、予算が無くても、素材と設計図が良ければ、丈夫で見応えのある家が出来る。

で、決定的に違うのは

家は形として残る。
芝居は記憶でしか残らない。

この違いだと思う。
当たり前のことだが形として残る物と残らない物はこんなにも予算に違いがあるのだ。

芝居を一本作るのに、逆算すると脚本から半年近くはかかる。
でも小劇場なら3000円のチケットで1000人の動員でも予算300万。
作るのに半年かかる家の予算と考えると多分、便所ほどの土地を買えるかどうかだろう。

だからこそ芝居創りは意味があるのだ。
予算が無いから記憶に残らない、だとやる意味がないのだ。
予算は関係ない。いい芝居は一生、その人の心に刻まれる。

さくらが我が家に来て9年。いや、劇団立ち上げて15年。
振り返ると、大事に芝居創りをしてきたつもりだが、作品は全て過去の記憶でしかない。

今年、これから創る芝居を大事に大事に創らなければ。

と思う、年初めのコラムでした。

劇団メンソウルを今年もどうぞよろしくお願い致します!

Date: 2018/01/02(火)


横山のコラム
ご無沙汰しております。
メンソウルのだんごむし横山です。

皆様、クリスマスはどのようにお過ごしでしょうか?
私はご想像の通り美女に囲まれておらず、行き違うカップルを横目に勝手に妄想をし楽しんでおります。

年末と言う事で飲みの席も増え、酒に飲まれる事が多かったのですが、
私、歳をとるごとに酒癖が悪くなっています。
思い返せば、若いときには酒が一滴も飲めず酔っ払いを見るたびに馬鹿だなーなんて思っていましたが、水商売をやりはじめてからは酒が好きになり、休みの日も寝起きからすぐに缶ビールを飲んでいました。
堕落した日々だったと思います。

アルコール中毒の予備軍に所属していたのではないでしょうか。

先日の大塩剛さんのコラムにも書いてありましたが、やはり自分は「ちゃらんぽらん」
と言う言葉が似合っているのではないでしょうか。

剛さんから受け継いだバイク、大塩号も朝に柄にもなくいつもありがとねと声をかけ発信した所、200メートルくらい進んだ所で止まってしまい、最後の時を迎えてしまいました。

ちゃらんぽらんの性格のうえもう少しメンテナンスをしっかりしておればバイクはまだ颯爽と環七を走っていたかもしれません。

住まいが少し遠いため終電も逃す事が多く、
そして、早朝の撮影の為、気を使って頂いて
座長、杉本さんのご自宅に泊めて頂き、
航路の稽古中には坪内さんのご自宅に。
劇団員、そしてご家族と一緒でバーベキューをしたときは朝が早かった為に山田さんのご自宅に。
何度か勝手に新晟さんのご自宅に。笑
一番泊めて頂いた回数の多い清田くんのご自宅に。
黒木さんのご自宅にも泊めて頂き感謝をしております。

ちゃらんぽらんな性格の為、ご迷惑をお掛けしたと思います。

酔っ払って剛さんにくってかかり次日に泣きながら謝りに行ったり…
それは去年の話でした…

こんな自分でしたが見捨てずに付き合って頂いた劇団員には本当に感謝をしております。

今年は昨年よりも沢山、役者としての経験が増えた一年間だったと思います。

人間的にはまだ未熟な部分があり色々とご指導を受けましたが、これからも自分を捨てずに愛されるダメ男に磨きをかけて行きたいと思います。

そして、気持ちの良いちゃらんぽらん具合を出せていけたらと思います。

多分、今年最後の劇団コラムになると思いますが最後の締めくくりが私になるのはやはり持っているものが違うと言わざるおえません!

最後になりますが今年一年間大変お世話になりました。
まだまだ、未熟者ではございますが来年は劇団員より一層精進していきますので、来年も宜しくお願い致します。
寒い日が続きますがお身体に気をつけて下さい。
皆様、良いお年を‼

一年間、本当にありがとうございました!
Date: 2017/12/25(月)


マッチ棒
いきなりですが、劇団メンソウルファンの皆様はじめまして!
ご存知の方はいらっしゃらないかと思いますが、先日ヒッソリとプロフィールが劇団ホームページにアップされた、フィリピン帰りのオールドルーキー黒木俊穂(クロキトシオ)です。
以後お見知りおきを!

今回はザックリ自己紹介させていただこうかと思います!
まず、出身は九州は宮崎県であります!
宮崎人に有りがちなノンビリとした性格そのままに育ち、小、中、高と順調に進み、何故か大学を中退し、なんとなーく上京して、それとなく芝居を始めたところに杉本座長と出会い、それからもメンソウルに入団もせずに、ちょこちょこ芝居をやっていて、諸々あってプロフィールにあるようにフィリピン行ったり来たりしてました。

2012年に一度目にフィリピンへ行った時より芝居から遠ざかっており、芝居をする事は無いかもしれないと思いつつも、芝居に対する未練が断ち切れず過ごしておりました。
しかし、二度目のフィリピンでの生活を送る中でフィリピンの、世界の様々な人達と出会い交流するうちに、短い人生好きな事をして生きても良いじゃんと思い、帰国後久しぶりに劇団員の山田君の舞台「東京ランナーズ何とか」に立たせてもらったタイミングで、やっとこ一念発起して入団させてもらう事になった次第です!

フィリピンで得た経験、英語を筆頭とする語学を活かして劇団を盛り上げていけたらと思っております!
因みに、前回の本公演の「航路」にも出演してましたが、以前にも番外公演の「BENT」「東からの凱歌」にも出演してました。
どっかで見た顔だなぁ、と思われた方も、そうでない方もいらっしゃると思いますが、なにとぞ、よく女子っぽい名前と言われますが黒木俊穂(クロキトシオ)(トシホではない)(本名)(副座長坪内さんからは時折マッチ棒と呼ばれる)を、よろしくお願い申し上げます!
Date: 2017/12/18(月)


日本横断一人旅〜大阪から山陽道編〜
劇団メンソウル唯一の20代、もうすぐ27歳アラサー清田です。

本当は座長の順番なのですが、その話をしようとしたらお強いお顔をおされになされておりまして。。。
おこわい顔ってのはあの、悪口とかdisりとかではなく、恐ろしいというか、覇気というか、無言の圧力みたいな意味でして。。
あの。えっと、すみません。

そんな感じで、私清田が今回書かせていただきます。

僕の前々回のコラム『日本横断一人旅〜東海道編』の続きを書かせて頂きます。

おさらい
21歳の10月、東京都杉並区高円寺から福岡の実家まで6日間かけて自転車で帰宅した時のお話。
途中箱根の山を越え野宿をしながら、自転車がパンクしながら大阪までたどり着いた。
梅田に到着した際とんでもない過ちに気づく。財布がない。。。


本編

そう、僕は財布を失くしたのである。

どこでなくしたんやろ・・・??

思い当たる節があった。昨日野宿したタコ(オクトパス)のアスレチックのある守口市の公園だ。

そして今梅田にきている。距離で言うと8キロほど、今から取りに行けばあるかもしれない。
ただ、途中適当に西に向かって走っていたためすぐにその公園にたどり着ける自信はなかった。

財布には現金(3000円くらい)はもちろん、カード保険証、免許証等が入っていた。

しかし、僕は小銭入れはそれとは別に所有している。なので僕は無一文ではなかった。
すぐに財布の中身を確認した。

。。。168円

。。。なるほどね

近くの自販機で150円のカルピスウォーターを購入。残金18円。

逆に清々しい。

俺は今大阪で18円しかもっとらんぞo(`・ω´・+o) ドヤァ…!

スッキリした気持ちで近くの警察署に向かった。

まぁ見つからんなら見つからんでなんとかなるやろ。

警察署は混んでいて1時間くらい待たされ、紛失届の手続きを終えた。その待ち時間の間に携帯のFacebookで大阪に住んでいる友達を探した。

僕はポジティブ極まっていた。
こんな時こそ、女の子の友達がいればお泊まりなんぞ出来るんでないか??ぬぬぬ?こんな時しか出来ないのではないか?絶好のお泊まり理由ではないかっと思考と妄想を巡らせた。
いや、下心なんぞありんせん。

しかし、現実は僕に厳しかった。そもそも、男子高校出身の僕に女友達など居なかった。男友達すら。。。

こんなに俺って友達少ないんや。。。っと弱気になりながらも探した。

Facebookではなく携帯の連絡先の中から一人だけ大阪在住の友達を見つけた。


高校の1年の頃のクラスメイトで当時はそこそこ仲のよかった、ちょっとおでこの広い友達Мくん。
1度だけ彼の福岡の実家の豪邸に遊びに行ったことがあったがそれ以外でプラべートで遊んだことはなかった。


電話をかけるとすぐに繋がり、快く泊まることを了承してくれた。

M君はその日は休みだったらしく、すぐに合流し、大阪観光に付き合ってもらった。

Mくんと出会って最初の一言は『キヨ臭うよ』っだった。
ちなみに、豊橋市で知り合いにあった時もそれは言われた。
人間風呂に入らんと臭いんですな。。。
すみません。当然ですよね。

僕は明日まで大阪に滞在して、警察から連絡が来るのを待つという選択肢を取ることにした。

Mくんはたこ焼きと串カツをご馳走してくれた。良い奴や。ありがとうございます。

家にお邪魔してシャワーを借り、洗濯もさせてもらった。

んで、幸運なことにその日の夕方にさっそく警察から連絡が入り財布が見つかった。
82歳の男性の方が交番まで届けてくれたらしく落とした時のままの状態で財布は帰ってきた。
感謝です。

財布を受け取りATMを経由し再びMくんと合流した。感謝の気持ちを込めて彼に何かご馳走する事にした。それで、Mくんの希望により焼肉屋さんに行った。

すごく美味しかった。

そこで、自分のせこさを実感した。
僕はここまでの旅で使った金額は3000円ほどだった。野宿と軽食の繰り返しで節約をしながら大阪にやってきたのだ。
しかし、彼との焼肉で15000円弱も使わせて頂いた。

感謝の気持ちも凄くあるのだが
ちっとは奢る側のこと考えろやと思ってしまった自分の器の小ささに悲しくなった。

1泊させて頂き次の日の朝に大阪を出発した。

Mくんありがと。

再び西に向かって進み出した。
30キロくらい進んだところで足首に痛みを覚えた。最初は我慢しながら進んだがその痛みにも耐えきれなくなって速度も落ちていった。

こりゃあかんと思い、近くにある国道二号線沿いの神戸市の整形外科に行った。
案の定、腱鞘炎だった。
先生からは自転車には乗らないようにと指摘していただいたがそういうわけにはいかないと説明した。
湿布とテーピングをしていただき鎮痛剤を貰って先に進んだ。
痛みが無くなった。お薬様は素晴らしい。

2号線を進んでいると学校で昔習った、東経135度の日本の標準時子午線の明石市を通り過ぎた。
その時はお腹が空いていたためさらっとそこは通り過ぎた。さらに先に進むと右手にお城が見えた。
とりあえず、近くまで行ってみると修理中の姫路城がそこにあった。主にブルーシートがかかっていた。
そして、偶然その日はB級グルメのイベントを開催していると思われる旗が多く立っていた。空腹だし、大阪で財布なくたがもどってきたし、大金使ったし、病院いったしで贅沢して美味しものを食べたい願望が節約の意思を打ち消していた。
なんがあるんやろか。肉々しいものが食べたいとワクワクしながらか会場に向かった。

世の中はなかなか上手くは行かないものだ。まだそんなに遅い時間ではなかったのだが、イベントは終了していた。会場には食べながら歩いている人がいたので終わりたてホヤホヤだったようだ。

無念。

とりあえず、コンビニでピザまんを購入して先に進んだ。

大阪で1日停滞したこともあり、足が痛いことを除けば体力は有り余っていた。

なので、今日は自分の限界に挑戦しようと寝ずにチャリを進めようと思っていた。

無心で漕ぎ進めた。岡山県に突入した。山に突入すると、何ヶ所か明らかに自転車の通れない道が存在した。

クルマの道しかないトンネルだ。僕の進行方向と対向車線の計二車線しかない。そんな中車の通りは多かった。

えっ!?これどうやって進むん?

っと悩み、トンネルの外側の山に入り先に進める道を探したが、そこは谷になっていて道はなかった。15分くらい山を散策したが活路を見出せなかった。

覚悟を決めトンネルを進む事にした。トンネル内のポールが立っていて、幅1mもない段差をトンネルの側面にに寄り添いながら進んだ。大きな車が通る度に恐かった。

なんでこんなに狭いん?自転車のこと考えて欲しいわ。

っと強く思った。
何度もその恐怖を味わいながら進んだ。その道は長く、店も何もなかった。夜も進み続けた。
夜になると、狭く二車線しかない道(高速道路のような道)が続いた。まるで都市高速のような道路だ。
車がスレスレを通る恐怖。
そのプレッシャーにより休む事も速度を緩めることも出来なかった。
結構な速度で進んだ。
足の痛みも痛みを通り越してよく分からなくなっていた。この恐怖から抜け出すため進むこと以外何も考えていなかったと思う。
その恐怖は何時間も続いた。たまに、車からクラクションを鳴らされることもあった。
僕は疲れを通り越してスーパーハイテンションになっていたので、そのクラクションも僕に対するエールだと思い全力で腕を振って答えた。

今思えば完全なる勘違いだ。

深夜になり、よく分からないテンションで進んでいると、後ろからパトカーのサイレンが聞こえた。なんやろかー。どっかで事故かな?

っと思い前に進んでいると。パトカーは僕の後ろにベッタリとつけて

警察 そこの自転車〜左に寄せて止まってください〜

???

ん???

え??おれ??

わけも分からずとりあえず止まった。久しぶりに地に足をつけた。
足に激痛が走った。

警察は駆け寄ってきて

僕の身分証を確認した。

家出と思われてたらしい。

そして、この道が自転車通行禁止だったらしい。←止められた一番の理由

誠に申し訳ございません。この地図にはこの道がいいと書いておりまして。。。これツーリングの地図ですが。

警察の方は淡々と話を進め。この道から出るように促された。

確かに途中からハイウェイっぽくなってきたのでここはもしかしたら通ったら行かんとこ??っと思ってはいたが。
ただ、国道二号線である事は間違いなかったので進み続けた。
新国道と旧国道の事を警察は説明してくれた。新国道は自動車道のようになっているらしい。

僕は疲れきっており、降りるとこまでパトカーに乗っけてくれないかと交渉をした。自転車はタイヤを外せるので車にものせれますよ??

瞬殺だった。

決まりでそれは出来ないと言われた。

パトカーに僕の後ろを警護していただきながら出口まで進んだ。

大変ご迷惑お掛けしました。

僕は限界を突破するために寝ずにさらに四国と岡山の間の内海を左手に先に進んだ。

岡山のコンビニでは牡蠣売ってあった。そこのコンビニで寛大な心を持つ男性と出会った。

それは突然の出来事で、27歳くらい??の男性が僕に何かを渡してきた。よく見ると大量のおにぎりと数本のドリンクをいれたコンビニの袋。たった今買ってきたようだ。

その男性は、最近まで200日くらいかけて自転車で日本一周してた人で、その際に沢山の人に良くしてもらったので僕に差し入れを渡したかったと言う。多くは話さず

気をつけてね

っと言って、その男性はすぐに立ち去った。

素晴らしい方や。ありがとうございます。

その時は突然のこと過ぎてお礼を言うのが必死だった。そのあと、ちょっとした広場でそのおにぎりを半べそかきながら頂いた。


財布を届けてくれたおじいさん、財布を無くした危機を救ってくれたMくん、今回の男性。

僕一人の旅なのに多くの人に支えられ生かされている。人生の大きなテーマを考えさせられた気がした。

そんな中、危機を救ってくれた恩人にご馳走した焼肉代15000円でガタガタ言ってる清田悠聖(当時21歳)。

今コラムを書いてて改めて悲しくなって参りました。

旅はまだ続きます。

本当はゴールまで書くつもりでしたが結構長くなってしまったと、僕がセンチメンタルになってきたので続きは次の機会にでも気が向いたら書かせて頂きます。

読んでいただいた方、長文にお付き合い頂きありがとうございます。

メリークリスマス。そして、良いお年を。
Date: 2017/12/11(月)


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